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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8077号 判決

主文

一  原告らと被告との間において、原告らが被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成元年四月一日以降一か月金三〇九四万二〇〇〇円であることを確認する。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担としその余を被告の負担とする。

理由

第一  請求

原告らと被告との間において、原告らが被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成元年四月一日以降一か月金三二一五万四三〇〇円であることを確認する。

第二  事案の概要

一  本件は、建物の賃料について、都庁舎移転による土地価格の高騰、近隣建物の賃料の上昇などにより、極めて不相当となつたことを理由として増額の意思表示をしたが、賃借人である被告がこれに応じないとして賃貸人である原告らから賃料の確認を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告らは被告に対し、昭和四九年三月三〇日に、原告らが共有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃貸する契約を締結し、以後継続して貸し渡している。

2  本件建物の賃料は改訂され、昭和六三年四月一日以降一か月金二七六九万一六〇〇円(一平方メートル当たり金四八四〇円)である。

3  原告らは被告に対し、平成元年一月ころ、同年四月一日以降の本件建物の賃料を月額金三二一五万四三〇〇円(一平方メートル当たり金五六二〇円)に増額する旨の申し入れをした。

4  原告らと被告は、右賃料の増額について協議をしたが、被告は原告らの主張する賃料の増額に応じない。

三  本件の争点

本件賃貸借における適正賃料額

第三  当裁判所の判断

一  本件鑑定の検討

本件鑑定の結果である鑑定評価書によれば、本件建物の平成元年四月一日時点の適正継続支払賃料は月額金三〇九四万二〇〇〇円(一平方メートル当たり五四〇八円)と評価されていることが認められる。そこで右鑑定書の内容の合理性について検討する。

まず、鑑定人は、裁判所が選任した両当事者に利害関係を持たない不動産鑑定士であり、現地を確認の上、近隣地域の概況、対象不動産の状況を把握し、昭和四九年三月一六日の当初の契約から賃料の推移を確認した上、通常継続賃料の鑑定に採用される差額配分法、スライド法、賃貸事例比較法のすべてを評価の基礎として考慮しており、その結果、いずれも一平方メートル当たりで、差額配分法による賃料は五三八四円、スライド法による賃料は五四二〇円、賃貸事例比較法による賃料は五四一四円となることを認定し、継続賃料であることからスライド賃料を重視して、これを五〇パーセントの割合で考慮することとし、差額配分賃料を三〇パーセント、賃貸事例比較賃料を二〇パーセントの割合で考慮して、一平方メートル当たり五四〇八円が適正であると評価している。これは、従前の賃料(昭和六一年四月の合意では四七六六円であり、現行賃料はこれを三年間に段階化した賃料額である)と比べ、合意後三年間で一三・四パーセントの増加となつており、その内容には不合理な点はなく、結論においても相当なものと認められる。

二  被告主張の本件の特殊事情

ところで、被告は、本件建物は当初ボーリング場を予定して建築された建物であるが、ボーリングブームが去つたことで原告住友不動産から晴海にスポーツクラブを開業していた被告会社に話が持ち込まれて、賃借するに至つたもので、もともとスポーツクラブ専用の施設ではなかつたこと、被告は本件建物において長期にわたりスポーツクラブを経営してきており、賃料の増額を直ちに会員に対する会費の増額に転嫁しにくい関係が存在すること、そこで被告は原告らに三年間の増額の平均が一〇パーセント未満になるよう求め、昭和五八年及び昭和六一年の改訂においては、いずれも一〇パーセント未満の増額を合意してきたこと、被告は多数の会員を抱えていることから採算が採れないという理由のみで閉鎖すると、社会問題となることを主張しているところ、《証拠略》によれば、右の事情は概ねこれを認めることができる。そして、被告は東洋信託銀行不動産鑑定部不動産鑑定士作成の不動産鑑定評価書(以下「被告鑑定」という。)を提出し、他方原告らは日本不動産研究所不動産鑑定士作成の不動産鑑定評価書(以下「原告鑑定」という。)を提出しているので、当鑑定の結果と対比し、右鑑定の事情を考慮しながら、適正賃料額について更に検討を加えることにする。

三  被告鑑定について

被告鑑定によれば、同時点における本件建物の月額適正継続賃料額は、二九七五万円(一平方メートル当たり五二〇〇円、増加率約九・一パーセント)とされており、裁判所の鑑定結果との間に開差が認められるが、個別にこれを見ると(以下いずれも一平方メートル当たりの賃料)、差額配分賃料は五七七七円、スライド賃料は四九四四円ないし五三八〇円、比準賃料(賃貸事例比較賃料)は六一〇〇円となつており、スライド賃料を中間値の五一六二円として、これを前記鑑定と同様の配分率として計算すると約五五三四円となり、鑑定結果よりも相当高額となる。それにもかかわらず、被告鑑定の適正賃料額が低く算定されているのは、収益からアプローチした賃料を考慮しているためと考えられる。しかし、右収益からの賃料は売上高に対する支払賃料の割合を最終合意時点から一定に保つとした場合の賃料額であり(本件では売上高が減少しているため、かえつて減額すべき結果となつている)、裁判所の鑑定で採用されている三つの方法がいずれも貸主、借主の双方の事情を反映していると考えられる(差額配分では貸主側及び借主側の双方を考慮して配分割合を決める。スライド賃料は双方が合意した金額を基準としている。比準賃料は他の貸主と借主の双方が合意した金額を基準としている。)のに対して、収益からの賃料は借主側の事情のみを考慮したものであり、これは、本来、適正賃料の決定においては考慮されないものであり、被告が主張するような諸事情を前提に考えるとしても、参考程度にとどめるのが相当である。そして原告らが主張している地価高騰の事情を反映している利回り法による賃料がバブル景気による地価高騰として実体のないものとしても五八七九円であり、原告らの立場からすると右金額を下回るとすると採算の合わないものとなるのであり、これらはいずれも一方当事者の採算を考慮したものであり、収益からの賃料と利回り法による賃料とは、いずれも参考にとどめるのが相当である。

四  原告鑑定について

次に原告鑑定について見ると、同時点における本件建物の月額適正継続支払賃料は、三二六〇万円(一平方メートル当たり五七〇〇円、増加率約一九・六パーセント)とされており、当鑑定結果と開差が認められるのが、一平方メートル当たりの賃料に換算して個別にこれを見ると、差額配分賃料は六〇七二円、スライド賃料は六〇〇二円、賃貸事例比較賃料は六〇四九円となつており、その算定価額自体に差異がある。差額配分賃料の基礎となる正常実質賃料を算定するにおいて比準賃料額を基にしているが、被告鑑定が月額平方メートル当たり八〇〇〇円とするのに対し、原告鑑定では月額平方メートル当たり八九〇〇円としている点が異なり、対象となる施設の選定及び修正割合が異なるところから生じる誤差があると考えられる。そして裁判所の鑑定結果では正常実質賃料が月額平方メートル当たりで計算すると約八〇六五円となるが、その算定に当たつては公示価格、相続税路線価、取引事例比較法による比準価格を総合考慮しており、比較の対象となる施設の選定による差異があまり生じないアプローチを行つている。これらを総合して考えると、原告鑑定の金額は比較対象施設の選定と合いまつて高めに算出されていることが窺える。また、スライド賃料(三年間)については一七パーセントの増加率による金額であるが、同一需給圏内の類似地域におけるスポーツ施設に関する継続の賃貸事例による月額支払賃料の平均値上げ率は一一・六パーセント(個別的には九ないし一五パーセントの例がある)と算定し、これに西新宿地域等における超高層ビルの基準階の事務所に関する継続の賃貸事例による月額支払賃料の平均値上げ率三〇・三パーセントなどを比較衡量して算出した数字であり、このようにスポーツ施設の賃料額が他の一般の事務所よりも低い理由として、一般にスポーツ施設は、施設の許容能力、稼働率に限界があり、フル稼働の状態においても一店舗の売上高には限界が認められること、スポーツ施設では売上高の上昇は施設利用料等の値上げによるものであり、一時の大幅な上昇は見込めないことが挙げられている。原告鑑定によれば、確かに近隣の事務所の賃貸事例と比較した場合は原告鑑定の一七パーセントでも低いと言えることになろうが、しかし、もともと本件建物はボーリング場として利用すべく建築されたものであり、被告がスポーツクラブを経営することを前提として賃貸されてきたものであつて、過去の二回の賃料増額が一〇パーセント以内で合意されてきたのも原告らにおいて右のスポーツ施設の特殊性を認識していたからであると考えられるのであり、また、スライド賃料は前回の合意という個別性に着目してその後の増加率を考慮するものであるから、より個別的事由の共通するスポーツ施設の上昇率を基準とする方が合理性があると認められ、そうだとすると、その平均上昇率である一一・六パーセントに近い増加率をとつた方がスライド賃料としては合理性があるものと考えられる。最後に賃貸事例比較法による賃料について見ると、比較された四事例のうち二事例は割安ないし関連企業によるものとして大幅な修正がされており、規範性に乏しく、残りの二事例は正常なものとして評価されているが、比較的最近の賃貸事例であり、基準時点で本件建物の賃貸借が一五年を経過している会員がある程度固定した施設であることを考えると、個別性から生じる誤差が大きいものと考えられる。

五  総合的検討

以上の検討の結果によれば、裁判所の鑑定では、被告鑑定に比べると高く、反対に原告鑑定と比べると低く鑑定されているのであるが、原告鑑定及び被告鑑定には以上に指摘したような問題点が含まれており、これに前記認定の諸事情を総合考慮すると、当鑑定の結果を相当なものとして是認することができ、なおこれを変更すべき事情は認められない。

第四  結論

以上によれば、原告らの被告に対する請求は、本件鑑定の結果において適正であると評価された賃料の金額の確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、これを超えるその余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正之)

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